小説:虹の橋の向こうに


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∬二重虹∬ : レント

 ――――――
 ―――――



 哲とダチしてるって美織にバレて、

 元カノが美織と同じクラスにいる事も打ち明けてスッキリしていたオレは、

 まだ"好き"だとは言ってもらえてないけれど、それでも、一緒にいる時間の空気だとか、時々華やぐ美織の表情だとか、


 まぁ、言ってみれば色々都合よく解釈して、

 "うまくいってる"


 ぐらいには高をくくっていたと思う。


 だから、初めて美織から電話が来たこの時も、やっとオレの方に気持ちが傾いてきたのかなって、凄ぇ有頂天になって、

 放課後、篤に笑われるくらいの勢いで長虹橋に向かってた。




 橋に入る手前で、ふと、向こう側にいる美織に気づく。

 こっちから見たら副虹の最後、紫の前――――――オレ達にとって、一緒に虹を見た、思い出のあるいつもの 位置 ところ で、


 「―――――え?」

 スマホを手に、オレの動きを制した美織に、心臓がドキリと一度だけ大きく音を立てる。


 ワンテンポ遅れて鳴り出すオレのスマホ。

 表示された名前は、


 「――――――美織・・・?」


 あ、なんか、

 やばい気がする。


 状況は全く違うのに、萌奈に終わりを告げられた時の、脳を撫でられたような感触が蘇る。


 足が、動かなくなって、遠くにいる美織から、一瞬も目が逸らせない。



 「・・・美織? どう、したの・・・?」

 『あの・・・あのね、・・・あの・・・』

 「・・・嫌だ」


 何かを言われる前に、美織の体から、言葉を全部奪いたかった。


 「―――――絶対に嫌だから、オレ」

 『あの、』

 「もっと、もうちょっと時間が欲しい。バレンタイン・・・せめて来週のクリスマスまで、・・・その間に、絶対に美織の心掴めるようにするから。少しでも好きになってもらえるように、もっと頑張るから」

 『レント君・・・』

 「だから、だから」

 思いつく限り、必死に口にして、

 でももう、何も思いつかなくて、


 オレの、美織への気持ちは、もっとたくさんある筈なのに、

 もっと色々、ある筈なのに、


 もう何も、言葉が出てこなくて――――――、



 マジで、泣きそうになった時だ。



 『無理だよ――――――』

 まるで止めみたいに、美織の声がオレに届いた。


 嘘だ――――――。


 「・・・美織・・・」

 『もう、無理だから――――――』


 こんな事、

 「みお、・・・」


 声が出ない代わりに、熱い塊が喉に詰まる。


 『これ以上は、無理』


 美織・・・、

 『こんなに、こんなに』


 こんな時でさえ、愛しく聞こえる美織の声――――――。


 『胸が潰れそうなくらい』


 オレの胸も、潰れそうで、


 『ほんとに、ほんとに』


 『みお、』





 『レント君の事が、大好きだよ――――――』




 ――――――?


 「・・・」

 『・・・』




 「――――――え?」



 なんか、すごい長い時間をおいて、やっとその一言だけが飛び出した。


 頭にかけられていたヴェールが、風に舞って飛ばされたような気分で、一気に思考がクリアになる。


 ――――――時間が止まるって、現実世界でも、本当にあるんだ。

 遠くにいる筈の美織の声が、直ぐ耳元で聞こえてくる。


 文明の利器ってすげぇな。


 こんな状況で、そんな思考が湧いたオレの頭は、かなりやばいくらいに沸騰していて、


 「美織・・・?」


 『レント君が、大好きだから』


 「ちょ、」


 待って、

 顔が見たい。



 「顔、見たい」


 どんな表情でそれを口にしてるのか、絶対に見たい。

 さっきとは違うヤバイ感じが、急かすように体中を駆け巡ってる。


 「そっち、行く――――――!」

 走りだそうとしたオレを、


 『ダメ!』

 美織の叫び声が、スマホからも、リアルからも届いてその動きを封じ込めた。

 「美織? なんで」

 『あたしが行く』

 「・・・」

 『あたしが行くから、"そこ"で待ってて、レント君』



 「――――――美織・・・」



 美織が、一歩一歩、"こちら側"へと歩いて来る。

 こっちから見たら副虹の、

 向こうから見たら主虹の、


 紫では、まだ歩幅は小さくて、

 藍になって、俯いていた視線を恐々と前に向けて、

 青と緑を過ぎる頃には、スマホから美織の弾む息が聞こえてきて、

 黄にさしかかると、ようやく美織の顔のパーツがはっきり見えてきて、

 橙で、笑っている事を確認、

 そして、足を止めた美織と、しっかりと目を合わせる事が出来たのが、赤の前――――――。


 「美織」


 今すぐ美織の傍に行きたいのに、

 橋を横切る横断歩道の信号で足止め。



 ――――――長いな。


 心の呟きに 既視感 デ・ジャ・ヴュ

 去年の夏、舞い上がったスカーフが哲に舞い降りて、
 その次に、美織という名の光が降りたのを、オレはただ、こうして見つめていた。


 けれど、阻んだのは信号じゃない。

 次の恋に臆病になっていた、俺自身。


 あの時、なんでオレは美織を掴まなかったんだろう。

 もう後悔はしないと決めた後も、やっぱりシミのように脳裏を過るのはこの事で、
 戻れないと判っていながら、何度も何度も頭を抱えた。


 今度は、

 今度こそは――――――。



 決意と同時に、信号が青に変わる。


 進め。



 きっと、オレと美織の頭には、その言葉が響いていて、




 「レント君!」


 オレに向かって、一直線に走ってくる美織は、



 あの日――――――、



  長虹橋 ながにじばし に舞い降りた、眩しいほどに白いスカーフだ。



 左右に揺れるアッシュがかった黒に近い髪は、相変わらず真っ直ぐなストレート。

 ちょっと目尻の下がる優しそうな瞳も、

 オレが美織を見つけた時とほとんど変わっていなくて、



 ――――――それでも今、一つだけはっきりと判る事。



 美織が今、

 真っすぐに見つめる景色の中には、


 「レント君」


 間違いなく、


 「美織」


 このオレが映っているんだという事――――――。



 それを思うだけで、

 そう噛み締めるだけで、



 目の前の世界が、虹色に輝きながら広がっていく――――――・・・。





 「大好き――――――ッ」


 全身でぶつかってきた美織の体を、



 「うん」


 しっかりと、二度と離さないつもりで抱き留める。




 美織の体が、凄く心地良い。

 まるで、存在が一つになったみたいだ。




 これからは、ずっと二人でこうして歩いていけるんだと、

 1秒進むごとに実感が湧いてきて、



 幸せが、ゆっくりと体に浸透していく――――――。
 




 「――――――やっとつかまえた・・・」





 ホッと吐き出した幸せの吐息が、

 オレ達の熱を冷まそうとする真冬の風に攫われて、



 ひらり、


 長虹橋へと舞い上がった――――――。








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