―――――― ―――― 「うおぉ、こりゃ凄い量だな、藤森」 オレの両腕に抱えられた花束を見て、機械科の技術主任兼、3年では担任の縁もあった森先生が目を丸くしている。 「うちの生徒も捨てたモンじゃねぇな。卒業する先輩の門出を祝う気持ち、どうにか生き残ってたか?」 そんな森先生の喜びを摘むように、オレの横から篤が笑った。 「森ちゃん、残念。これ、ほとんど外部の女子から。後輩からは悪態ばっかだって」 「なんだ」 「でも今年の卒業式は、爆竹で済んだじゃないっすか。一昨年なんか、乱闘始まって警察沙汰になったし、それ考えるとさ、円も年々大人になっているんだろーからさ、森ちゃん、ドンマイドンマイ」 「――――――はぁ」 「お、哲だ。ちょっと声かけて来るわ」 「おう」 他の科の奴らと話し込んでいる哲への方と駆け出して行った篤を見送って、 「っと」 気を抜くと落としそうになる花束を、態勢を整えながら抱え直す。 指先が少しずつ痺れ始めていて、このままじゃちょっとヤベェかもと危機感が湧く。 お袋がまだ校内にいるか電話してみるか――――――。 森先生に花束持ちのヘルプを頼もうとした時だ。 「藤森、お前――――――、進路、本当にこれで良かったのか?」 その必要も無いのに、潜めるような声での問いかけ。 「え?」 今日、高校を卒業するオレにとって、なんで今更? という内容に、思わず首を傾げたオレ。 すると、森先生はバツが悪そうに眉尻を下げた。 「いや・・・、せっかく真壁教授が熱心に誘ってたのに、その・・・彼女の為に、それ蹴って良かったのかって、悪ぃ。あの時のお前の決心を疑うわけじゃないんだが、――――――時間が経った今でも、同じなのか、確認したかった・・・んだが」 「・・・」 「・・・そうだよな。ただのエゴだ。・・・悪かった。忘れてくれ」 吐き捨てるように笑って、「卒業おめっとさん」と踵を返しかけた森先生を、 「先生」 オレは、別に慰めようとかじゃないけど、まぁ、将来の為に、ちょっと恩くらい売っとこうかなって軽い気持ちで呼び止める。 「オレさ、前に話したことあるでしょ? 好きな事、好きなだけ出来ればいいかなって、それで 「・・・ああ」 あれは、まだ真壁教授にも出会う前。 美織を好きだと、自覚する前。 「結局、あの時と変わってないんだ」 「――――――え?」 「念願の教授の講演も生で聞けたし、本人にも会えたし、それだけで結構ここに入った甲斐はあったのに、ロボコンも評価してもらったうえ、監修のアカデミーにも参加させてもらった。どれもこれも、かなり楽しかったけど、やっぱり好きな事って位置づけには変わりはなくて」 「・・・」 「っていうかさ、たぶん、もっと早く彼女と付き合えてたら、オレ、アカデミーには参加してないかなって、思う」 「――――――は?」 「どっちが優先ってなったら、やっぱり美織かなって思うし」 「いや・・・、ちょっと待て」 「だから、付き合い始めてから書いた進路、白紙じゃなくて、ちゃんとヴィジョン持って大学名出したでしょ?」 「・・・彼女と同じ大学な」 「そ」 きっぱりと答えたオレに、森先生は頭を抱えるようにして地面に蹲った。 「わかんねぇ、マジで。天才とバカは紙一重って、お前か? お前がそうなのか?」 完全にパニくってる森先生の様子に、オレは苦笑いするしかない。 「もーり先生」 「あ〜、なんか人生に混乱する」 ブツブツと呟く森先生の頭頂部を見ながら、オレは思わず息をついた。 仕方ないな――――――。 先生が驚く顔は、3年後のお楽しみだと思っていたけれど・・・。 「先生、オレさぁ、この学校に戻ってくるから」 「・・・あ?」 意味不明と言わんばかりの険しい顔を上げた森先生に、オレはきっぱりとそれを告げた。 「教育実習。任地は母校だっていうからさ」 「教育・・・実習・・・?」 「その時は、憧れの森先生に、ご指導よろしく願います」 「はぁぁぁぁッ??」 森先生の、悲鳴のような絶叫を背中で聞きながら、 「篤、悪ぃ、お袋に電話かけるからこれ支えて」 「お〜」 丸っきり別の会話で先生を現状から見捨てたオレの腕の中で、 長虹橋の色も語れそうなくらい、色とりどりの花びらが、息を合わせるように楽しそうに揺れていた。 |