―――――― ―――― 『卒業式終わったら、――――二人で、旅行しない?』 『・・・え?』 『卒業旅行』 バレンタインの日。 同じ私大の、別々の学科を受験したあたし達だったけれど、既に合格通知は貰っていて、結構のんびりとした雰囲気で、春の訪れを待っていた気がする。 "旅行に行こう" って、レント君から、その提案がなされるまでは――――――。 『・・・ダメ?』 いつもより、少し力の入った、あたしの手を握るレント君の右手。 そして、あたしを覗き込むそんなレント君の真剣な焦げ茶の目の魅力に、あたしは一瞬、じわっと吸い込まれそうになっちゃって、 『・・・あ、・・・うん、大丈夫、・・・旅行』 時間はかかったけれど、どうにかコクリと頷く事が出来た。 すると、レント君が微笑んでから細く息を吐いて、 『良かった。無駄にならなくて』 『――――――え?』 『ごめん。実は・・・、日程、全部決めてあるんだ』 目の前に出された航空チケット。 『美織、パスポートは持ってるって、前に聞いてたから』 『ぱ、――――――パスポート!?』 海外? 『ど、どこ行くの?』 軽いパニックになっていたあたしに、レント君は鼻の頭を指でかきながら、クスリと笑う。 『――――――ハワイ』 『――――ハワ・・・、・・・え?』 『すげぇ楽しみ』 『・・・あ、・・・うん』 なんていうか、それ以上は言葉が出なくて、あたしはしばらく、ぼんやりとそのチケットを眺めていた。 どうしよう――――――。 パパとママにどう言えばいいんだろう。 レント君と付き合っている事、二人は知っているけど、 これってつまりは、 "彼氏と旅行してくる" という話で、 ――――――絶対に気恥ずかしすぎる・・・。 レント君は、お父さんや美香さんにも、もう言っちゃったのかな――――――? マンションで顔を合わせたら、なんて言えばいいんだろう。 どんな顔をすればいいんだろう――――――? じゃなくて、その前に、うちのパパとママだ。 なんて言って、切り出そうかな・・・。 ・・・でも、どんな言い方をしても、結局内容には変わりはなくて・・・、 こうなったら、ストレートに、 "レント君と旅行に行きたいんだけど、いい?" ――――――・・・言える・・・かな? 色々とシミュレーションして心の準備をしながら、その日の夜、ドキドキしながら食卓に着くと、 『・・・あれ? パパは?』 『えーと、うん。仕事詰まってて、今日は一緒にご飯は無理みたい』 チラリと、パパの部屋の方へと視線が走る。 『―――――そう、なんだ・・・』 ホッとしたような、ただ先延ばしになっただけで、逆に苦しくなったような・・・。 それにしても、 『・・・ママ、どうしたの?』 『え?』 『なんだか、お顔が、楽しそうだから・・・』 『う〜ん、そうねぇ。なんだか、ね。ふふ。パパもまだまだよねぇ』 『・・・?』 『いいの。こっちの話』 なんて、クスクスと笑っていたママが、さらりと爆弾を落としたのは次の瞬間だった。 『そうだ、美織、スーツケースはどうするの? 新しいの、買う?』 『――――――えッ? な、なに?』 『だから、スーツケース。レント君と旅行に行くんでしょう?』 『―――――え?』 頭が、真っ白。 『――――――ど、ど、ど、どうして?』 だって、あたしだって、今日知ったばかりなのに――――――。 『レント君、美織に話す前に私達から許可が欲しいって。先週の日曜に、 『・・・え? だって、この前の日曜日は・・・』 あたしとデートで、迎えに来てくれたレント君は、準備が遅れてるあたしを玄関の外で待っててくれて、確か、家には入らずに、そのまま出かけてる筈――――――。 『迎えに来るその前にも、一度来てたの。ちょうど美織がシャワー浴びてる時』 『・・・嘘・・・』 『ほんと』 『レント君、が・・・』 胸が、じわりと熱くなった。 レント君、あたしの為に動いてくれていたんだ――――――。 『やっぱりあれよね』 ふと、ママの声音が、いつもより更に優しくなる。 『付き合ってる二人を見てきて、レント君は信頼出来るって判ってるし、お互いの家族も知り合いで、二人の仲は公認って感じだけど、――――――こうしてちゃんと、行動で誠意を見せて貰えると、嬉しいものね』 『・・・』 『美織を任せている人がどんな子か、ちゃんと見えるもの』 何かを含むような表情で目を細めたママが、あたしの頭をそっと撫でる。 『パパもね、凄く、嬉しそうだったわよ。でもやっぱり、この話は、顔は合わせ辛いみたい。後は私に任せるって』 『あ・・・』 パパが今日、食事に出てこない理由って――――――、 『気にしなくていいわ。言ったでしょ? パパもちゃんと判ってる』 『うん・・・』 『まず美織は、レント君が大事にしてくれるのと同じくらい、――――ううん、ほんとはそれ以上に・・・。レント君の事をちゃんと見て、大切に考えていかなくちゃね』 あたしに向けられたママの眼差しの中に、静かで強い、光が見える。 それはきっと、信頼と名前がつくもので、 あたし達二人が、お互い以上に、大事にしなくちゃいけないもの。 『――――――はい』 あたしは、それに応えられるようにと意志を込めて、しっかりと首を縦に頷いた。 ――――――レント君。 レント君。 レント君――――・・・。 出会ってから今まで、レント君にはずっと色んな事で驚かされてきたけれど、 でも、 今の気持ちを――――――、 この気持ちを、なんて表現するんだろう・・・。 レント君と培っているこの恋が、とっても誇らしい。 大事に育ててきたこの恋が、とっても愛おしい。 そして今、あたしの中にあるこの想いが、もっと大きなもの変化しようとしている。 『レント君・・・』 右手の小指を、包むように握りしめて、胸にあてた。 初めてのクリスマスプレゼント。 そのピンキーリングに刻んでくれた、 " あたし、 この織物の柄の意味が、 やっと今、本当に分かった気がする――――――。 " ずっとずっと、傍にいて――――――。 ねぇ、レント君。 そしていつか――――――・・・。 |