小説:虹の橋の向こうに


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⌒ 月虹 : レント


 ――――――
 ―――――


 「はーい、レント」

 エレベーターからロビーに降り立ったオレを、端の方にあったソファから満面の笑みで出迎えたのは、

 黒のボブヘアに、日本人独特の肌の色が印象的な、
 高2の時、真壁教授に誘われて参加したアカデミーの生徒で、向こうに滞在していた半年間、良くつるんでた橋田マイ。


 「マイ、お前なぁ、・・・マジで、その恰好はどうにかしろって」

 相変わらず、胸を強調する為の派手な色のチューブトップと、惜しげもなく、ケツが半分見えそうなショートパンツから見せびらかしている、日本人離れした長い脚。

 「いいじゃない。嫌いじゃないでしょ?」

 「・・・」

 嫌いとかじゃなくて、どっちかっていうと、――――――迷惑・・・。

 「・・・なんか、すっごい顔に出てるわよ」

 「・・・仕事中もそれ?」

 「まさか。そこは大人になったわよ」

 「・・・だといいけど」

 溜め息交じりに言いながら、マイの向かいのソファに座って何気なく辺りを見回すと、ロビーからは結構死角になる位置で、まぁ、やっぱり何も考えていないわけじゃなかったんだとホッとする。

 けど、

 「美織と一緒の時に出て来るなよ」

 「あら、こんな恰好だもの。バレないわよ」

 「冗談。美織、読んだガイドブックの中身は完ぺきに覚えてるから、勘繰れば、記憶から手繰って絶対にピンとくる」

 「そうは言うけどさぁ・・・」


 マイが呆れ顔でオレに告げた。

 「夜中に連れ出すんだから、そんなに勘のいい子なら、もうそこでピンとくるでしょ」

 「・・・」

 「まさか野外プレイなんて選択肢があなた達に日常にあるとは思えないし」

 「あるか」

 頬杖をついて、ムスっと応える。

 「でも、直ぐバレるってのは図星でしょ?」

 「・・・」

 分かってるよ――――――と、悪態をつきそうになるけれど、マイにはどうせ口では勝てない。
 ここは素直に対応しておいた方が得策だ。


 「・・・ぎりぎりまで、――――――虹が見えるまで、出来れば美織にはサプライズにしたかったんだよ」


 「それこそバカよ。いい? このハワイでも、"月虹"は、見れない確率の方がほとんどなんだから、統計的に、サプライズには全く成り、得ない!」

 区切って強調されたし。

 「このツアーはどっちかっていうと、月虹が出るのを待つ間、満月の下でイチャイチャしながらロマンチックに愛を語って過ごしましょう、ってのがコンセプトで、運よく月虹が見えるかどうかは、たかだかその結果なの」


 ・・・それでも、美織にサプライズで月虹を見せる事が出来たらって、本気で思ったんだよ。


 「それにさぁ、何か隠し事するとさぁ、信頼にヒビが入らない? すれ違った時のかみ合わせの酷さって、どんなにラブラブでも修正は難しいわよ? 今朝すれ違った時、彼女、凄く思いつめた目をしてたけど、ちゃんとフォローしたんでしょうね?」

 「――――――え?」

 「気付いてなかった?」

 「・・・いや、朝食の時に気づいたから、美織が泣くことは絶対にしないって、伝えたけど・・・」

 「そう? ちゃんと納得してた?」


 いや――――――、

 でも確かに、


 思い返せば今日一日、時々、心細そうな目でオレを見上げていた気がする。


 もしかして、不安にさせてた・・・、

 「・・・」

 違う、今も、


 不安にさせてる――――――?



 「彼女を喜ばせたい一心でサプライズをひたすら守って、それで彼女の心が離れちゃったら本末転倒」

 「――――――そう、だな」

 「ロマンチックに演出したい気持ちはわかるけど、肝心なもの、見失っちゃダメよ」

 どうしてか、アカデミーで出会った時から、この3つ年上のマイにはいちいち逆らいたくなる習性があって、
 けど、今日はそれをグッと飲み込んで、

 「・・・食事の前に、美織に紹介する」



 「あら、光栄。一瞬で修羅場にならない事を願いたいわ。彼女、手ぇ早い?」

 「美織はそんな事しない」

 「相思相愛で分かり合ってるように見えても、所詮は恋人としての顔しか知らないんだから、見た事が無い顔については絶対に断言しない方がいいわよ? 本人がその顔を出したいと思った時、嫌われたくないって躊躇しちゃうじゃない」

 「・・・ったく、相変わらず、思ってること垂れ流しだな。四六時中そんなんで、旦那にうるさいって言われねぇ?」

 「何言ってるの。ベッドの中のあたしは、奥床しくてとてもキュートだって言ってくれるわ」

 ニコリと笑みを象った赤い唇に、昔の記憶が嫌でも引きずり出される。

 「・・・うそつけ」

 「ふふ。そうね。そういえば、レントはイヤってほど知ってるもんね、あたしのコ・エ」

 「・・・うるせぇ」

 「やだ、可愛い。相変わらずね、レント。そういう純なとこ、好きよ」

 「マイ、お前なぁ」

 「もう何年もセックスしてないなんて、若い体が勿体ないわよ? ガツガツ発散しないと」

 それを口にする事に躊躇いなんて欠片もないマイは、男が引くくらいに昔からこんな感じ。

 ・・・本当に、肉食女子な奴――――――。

 「そういうとこも相変わらずだな。言っとくけど、美織はそういう対象と同じじゃねぇの。一緒にすんな」

 「ふふ。強がっちゃってぇ、やっぱかわ、――――――」


 ――――――?

 セリフが不自然に止まり、逸らしていた目線をマイに戻すと、ついさっきまでケラケラと笑っていたマイが、目を見開いて表情を凍らせていた。


 その視線は、オレの背後に向けられていて、



 「Oh My God」

 小さく漏れた呟きの後、哀れんだ眼差しがオレの方に運び込まれて、


 "Sorry"――――――、と。

 続けて赤い唇がそう動いたような気がする。


 体中に響く警鐘。

 このヤバイ感じ。

 美織に振られると思って、全身から魂が抜けた感触を味わった、あの長虹橋以来の衝撃。


 脳が、ざらりと撫でられる。

 冷汗が、心のどこかを流れ落ちた。


 「・・・」


 ホテルのロビーには、夕暮れの赤い光が差し込み始めていた。

 人の影がやけに黒く視界に点在していて、
 そのやけに視覚に訴えられる不気味さが、オレの不安を高めていく。


 ゆっくりと、人の気配を感じる背後へと、振り返ると――――――、


 「――――――・・・美織・・・」


 そこに立っていたのは、さっき別れた時と同じ格好のままの美織で、


 「だから、お部屋、別々だったんだね・・・」

 「――――――え?」


 ちょ、


 「あたし――――――」


 みお、


 「邪魔して、ごめ」


 その言葉を紡ぐまでは、凄く、懐かしい表情だった。


 『違うんです!』

 高1の夏休み、周囲に責められるような目で見られていた哲を、自分も辛い筈なのに、必死に立って庇っていた、オレが心を奪われた決定打となるあの表情。

 けれど、


 ポロリ、

 美織の、目尻が下がった大きな眼差しから落ちた涙は、あの時には見れなかったもので、


 「―――――ごめ・・・なさ」

 それを言葉に出来ないほどに、可愛い顔が、今は悲痛に歪んでいて、


 「美織!」

 駆け出した美織を、オレは茫然と見送っていた。








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