小説:虹の橋の向こうに


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⌒ 月虹 : 美織


 ――――――
 ――――


 『・・・ねぇママ。―――――ママの初恋はパパだった?』

 旅行の準備をしてるとき、ママが休憩したらってお茶を持ってきてくれて、あたしは、ずっと前から知りたかった事を尋ねてみた。

 すると、少しだけ間をおいて、

 『――――違うわ。ママの初恋は別の人。ママの方が年上だもん。青春はパパよりずっと早かったのよ?』

 クスクスと笑いながら語るママは、凄く綺麗で可愛い。

 そっか。
 二人は6歳差だもんね。

 ママが高校生の時、パパはまだ小学生・・・。

 『・・・パパは? パパの初恋はママ?』

 『パパはそう言ってくれてる』

 『・・・そう、なんだ・・・』


 曖昧に笑ってその会話はおさめたけれど、本当に聞きたいなのは、多分そういう事じゃないんだ、あたし・・・。


 『・・・ねぇ美織』

 あたしの傍にきて、深い眼差しを向けてくるママ。

 ――――――・・・一昨年の夏、動けなくなっていたあたしを慰めてくれた時と同じ光を湛えているような気がして、あたしは思わず、ゴクリと喉を鳴らした。

 『パパもママもね、出会うまでに色んな事があったし、お互いに色んな経験をしてきたの。苦しい事も悲しい事も、――――――幸せな事も――――――』

 『・・・え?』

 不意に、ゆっくりと腕を伸ばして、

 『・・・ママ?』

 結婚指輪の光るその手であたしの頬を包んだママの表情は初めて見るもので、

 『大事なのは、二人の気持ちよ。最初だとか最後だとか、そんな建て前、ママはどうでもいいと思う。今、この恋を大事に出来るのは、その恋を育んでいる二人だけ。もしかしたら途中で道が別れてしまったり、同じ道なのに平らだったりデコボコしてたり、歩調が合わなくなってしまって苦しかったり――――――』

 ママの指が、あたしの横髪を優しく耳にかける。

 『それでも、・・・"悲しい事も、寂しい事も、――――――二人一緒ならそれでいい"と思えてるうちは、きっと大丈夫。何度だってやり直せるわ』

 それはまるで、あたしの弱い心を知っているみたいで、

 『美織が、1年以上も傍で見てきた、美織だけが知ってるレント君を、最後まで信じてあげなさい』

 『――――――うん』


 大好きなママに言葉と勇気をもらって、あたしは、レント君とのこの旅行に臨んだの――――――。



 ホテルの近くにあるビーチはちょうどサンセットに面していて、ホテルに入るまでは青と白のコントラストでキラキラと輝く景色だったのに、今は焼けるようなオレンジに、胸が痛くなるほど濃く、深く染められて、怖いくらいに変化してた。

 まるで、何も知らなかった昨日までのあたしと、今、レント君の本音を知ってしまったあたしの心を表しているみたい――――――・・・。


 『美織はそういう対象じゃない』


 水平線の向こう、ゆらゆら揺れている太陽が、あたしの涙でまた滲んでいく。

 だからレント君は、1年付き合ってもあたしとエッチしなかったんだ。

 あたしを気遣ってるとか、大事にしてくれてるとか、それ以前に、


 あたしじゃその気にならないから――――――・・・。


 『美織だけが知ってるレント君を、最後まで信じなさい』


 信じてる・・・。

 信じてるよ。


 レント君はちゃんとあたしの事が好き。


 だって、

 ママの言うとおり、1年以上も傍で見つめてきた大好きなレント君の、



 あたしを見つめてくれるあの優しい目を知ってる。

 あたしの頬を撫でてくれる指先の優しさを知ってる。

 髪を掌にからめて、楽しそうにキスをしてくるレント君の、嬉しそうな顔を、あたしは知ってる――――――。


 でも、

 でも――――――、



 「――――――美織」


 背後から、大好きな人の声が聞こえて、ドキッとする。

 こんなに泣きたいくらいの気持ちの時には、恋しくなるレント君の腕の中。
 毎日毎日、当たり前に傍にあったのに、


 今は、凄く遠い気がするよ――――――・・・ッ


 「話、しよう、美織」

 振り返れない――――――・・・


 「話、したい、美織・・・」

 掠れた声とセリフに、いつかの 既視感 デ・ジャ・ヴュ


 「――――――ごめん。まずは謝らせて」

 その言葉と同時に、あたしの身体を後ろからギュッと抱きしめてきたレント君。

 なんだか、全部それに負けそうな気がして、

 「・・・やだ」

 逃れようとするけれど、その強い拘束に、あたしは一歩も動けなくて、

 「美織」

 夕方の風にさらされて冷えていたあたしの身体に、じんわりと沁みこんでくるレント君の体温。
 その暖かさの分だけ、悲しみが熱を帯びて目から溢れてくる。


 「いい・・・! 謝らなくていいから!」

 あたしが頑張ってそれを告げると、レント君の腕にギュッと力が込められた。

 「ほんとにごめん、泣かせるつもりじゃなかった」

 左耳にかかる、レント君の熱い息。
 その告白が、現実味を帯びてあたしに降りかかる。

 「ひ・・・酷いよ」

 「うん・・・」


 どうして?

 どうして――――――?


 ポロポロと涙が零れ落ちた。

 「どうして・・・ッ?」

 「どうしてって・・・」


 いつかは知らなくちゃいけなかった事なんだろうけど、

 今日は、

 今日だけは――――――、


 「レント君が「美織の」あたしで「誕生日に」その気に「どうしても」ならない「サプライズで」なんて「月虹を」今日は「見せた」知りたく「かった」なかった!」


 ――――――え?


 「だけだから! ・・・って、――――――・・・は?」

 「・・・」
 「・・・」


 2呼吸分くらいの沈黙の後、


 「・・・はぁ」

 あたしの頭の後ろから、レント君の長い溜息が聞こえてきた。

 それと同じぐらいの時間で、あたしの頭も一気に冴えていく。



 ――――――・・・あれ?


 「げ・・・っこう?」


 げっこう――――――って、なんだった?

 確か、最近どこかで見た。


 ・・・ガイドブック?



 「―――――ねぇ、オレがその気にならないって、何の話?」


 少し、低くなったような気がするレント君の声に、出てきそうだった答えが霧散する。

 「・・・え?」


 もうすぐ沈んでしまいそうな太陽が、一段と大きくなって水平線に重なり始めた。
 それを見ながら、あたしの頭の中は結構大パニックで、


 「何の話かなぁ? ミ・オ・リ?」

 耳に唇をつけながら、あたしの名前を刻むように呼んだレント君の存在に、

 「あの・・・、えっと・・・」

 初めて、身震いのようにゾワゾワする恐怖を味わっていた。








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