小説:虹の橋の向こうに


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⌒ 月虹 : レント


 虹の原理は光のプリズム。

 太陽光が水滴の中に入り込み、その中で一度屈折した光が水滴の色となって、虹としてオレらの目に映る。

 それが、一般的に知られている Rainbow レインボー


 オレと美織のエピソードを語るのに、色々と縁が深いその虹の、もっと特別なものを見せてあげたいと思い立った切っ掛けは、SNSで辛うじて繋がっていたマイからの、年始の挨拶を兼ねたメッセージだった。

 "結婚してハワイに移住しました。ホテル専属のMoonbowツアーのガイドをしてるの。こっちに遊びに来ることがあったらぜひ声をかけてネ"


 高2の時、半年だけ参加したロボット制作アカデミーの仲間。

 3歳年上だったけど、ハキハキと、裏のある物言いはしないマイとは、ルームシェアしてたケンの彼女という事もあって、結構仲良く過ごしていた。

 ちなみに、マイの服装は当時から、独り者にはゲリラ的なチョイスばかりで、その頃から視覚的にすら傍迷惑な奴で――――――。


 深くもなく、浅くもない間柄だったけど、

 『あいつ、結婚したのか・・・。ケン――――――じゃないんだな。・・・Moonbow・・・?』


 何気に開いたリンク先で見たのは、


 『すげぇ・・・』


 夜の景色の中に、幻想的な細い虹。

 月の光を反射させて輝く、Moonbow・・・、――――――月虹。


 どの写真を見ても、心から何かが溢れそうなくらいにとっても綺麗で、


 "この月虹を美織と見たい"

 即座に、そんな願いだけが、オレの心を占めていた。


 直ぐにマイに連絡を取って、

 月虹を見るチャンスは、満月の夜と、その前後の夜がほとんどだという事。
 現地の人間でも、滅多に見れるものではないという事を聞かされたけど、


 『それでもいい。卒業式の後なら確実に行ける』

 『卒業式はいつ?』

 『1日』

 『あら、運命的ね。3日はどう? その日が 満月 フルムーン よ』


 3日――――――?


 『――――――行く』


 すげぇ胸がドキドキしてた。


 3月3日。

 美織の誕生日――――――。


 マイのセリフそのままだけど、本当に運命的だと思った。


 絶対見れる。

 そんな気がして――――――、


 『ハワイでは、見た人には幸せが訪れるって言われているのよ』


 目に見える幸せを、美織にプレゼント出来るって、


 今の今まで、こうして腕の中で美織が泣く事になるまで、

 自分でも呆れるくらいに、浮かれていた――――――。


 「いい・・・! 謝らなくていいから!」

 「美織・・・」

 「ひ・・・酷いよ」


 分かってる。

 観光も早々に切り上げて、部屋に戻った後にこっそり出てくるような真似して、しかも美織の知らない女と会ってたなんて、


 『邪魔して、ごめ・・・』

 そう言いながら、気丈に立っている事も出来ないで、泣き崩れそうになっていた美織。

 オレが浮気してんじゃねぇかって、それにショックを受けて駆け出したと思っていたのに、


 「美織の誕生日にどうしてもサプライズで月虹を見せたかっただけだから!」


 そう強めに叫んだオレの声と同時に、


 「レント君があたしでその気にならないなんて、今日は知りたくなかった!」

 耳に入ってきた、そんな意味不明な美織のセリフ。



 「――――――は?」



 「げ・・・っこう?」


 お互いの呟きが、交差するように響き合った後――――――、



 「―――――ねぇ、オレがその気にならないって、何の話?」

 震えが止まったのを確認したら、何となくお仕置きしたいような気分が湧いてきた。


 「・・・え?」

 「何の話かなぁ? ミ・オ・リ?」

 後ろから、美織の耳を食みながら、これまでちょっとは遠慮してた分、結構派手に仕掛けそうになる。

 「あの・・・、えっと・・・」

 今度は別の震えを感じているらしい美織に、


 やべぇ。

 マジでもう、絶対に今日は、我慢とか無理だわ。


 「オレさぁ、結構会う度にその気だったんですけど」

 「・・・え?」

 「美織にキスする度に、自制するのにフルパワー使ってた」

 「・・・でも、さっき・・・」

 「ん?」

 「あたしは、そういう対象じゃないって・・・」

 「あれは・・・、」


 『美織は、そういう対象と同じじゃねぇの』



 ポイントがそこなのは、多分、美織ならではだよな・・・。
 大抵は、マイの存在の方が問題になるべき状況だったと思うんだけど。

 何となく溜息を覚えるのは、後から考えても後悔はしない筈だ。


 「・・・ヤリたい欲求があるからヤルんじゃなくて、美織だからヤリたくなるって話」

 「――――――?」

 「あのさ・・・、オレが美織とスルの想像して、どんな事考えてるか、オレの頭の中みたら、きっと美織、絶句する」

 「・・・」

 「グーでパンチくるかも」

 「・・・」

 「問答無用でドブ川に捨てられるかも」

 「・・・―――――そんなに、ひどい・・・の?」

 ふ、と。

 息を抜くように笑った美織に、


 「・・・それくらい、美織が好きなんだよ」


 不意打ちで、囁くような愛の告白。

 でもごめん。


 これは、本当の事だけど、美織のそういう気持ちを高めようと、わざと小声で囁いてる。


 ねぇ、美織。


 早く、オレに近づいて欲しいんだ。

 オレが欲しいって、美織から示してほしい。



 好きって気持ちが大きすぎて、いざ始まったら、オレはきっと止められないから、


 "流されて"じゃない。

 ちゃんと美織の意志でオレとそうなりたいって、強く思って欲しかったんだ。

 だから1年、理性と激しく格闘しながらも、このペースをどうにか貫いてこれた。



 だけど、

 マジで限界。


 少しだけ、チャンスをものにする切っ掛けを投じたい。


 「みお、」

 全力で、そういう雰囲気に持っていってやると、意気込んで名前を呼びかけた時。



 「――――――良かった」

 美織が、甘くも聞こえる、か細い声で吐き出した。

 「ほんとに良かった」

 目の前には、朱色に染まった水平線。
 エネルギーのような熱の色を放射しながら、燃えるような赤い太陽が、1秒進むごとに次の朝へと沈んでいく。

 ほんの数秒、

 寄せる波、それの音だけが響いていたオレの耳に、



 「あたしもう、レント君のお嫁さんになれないんだって、凄くすごく、悲しかったよ――――――」



 まるでオルゴールのような美織の言葉が、もたらされた。








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