煌々と輝く満月の下、まるで薄いモヤがかかったような夜の景色の中で、かなりの数の人達が、それぞれのスタイルで月虹待ちを敢行中。 コンパクトチェアに座ってただひたすら読書をする人や、テントを張ってキャンプのように楽しんでいる家族。 それから、・・・1つの寝袋でイチャイチャしてるカップルもいて・・・、 「あそこ、モゾモゾ動き始めたら要注意ね」 「え?」 時々、見回りと称してやってきてくるマイさんが、長い足をストレッチするようにしながらあたしの隣に座り込んだかと思うと、色っぽい目でそのカップルを見つめ始めた。 「・・・?」 何が要注意か良く分からなくて首を傾げると、マイさんがクスクスと肩を揺らす。 そして、あたしの耳元に顔を寄せて、小さく囁いた。 「周りにバレないように、こっそりセックスしちゃうかも、って事」 「――――――え?」 「ん?」 「・・・えッ?」 こ、ここで!? 思わず、キョロキョロと辺りを見回したあたしの頭の中が、ハテナだらけになった状況を察知してくれたらしいマイさんが、まるでインストラクターのように諭してくれた。 「・・・あら、ガツガツするだけがセックスじゃないのよ? ほとんど動きもないままゆ〜っくりと一つになって、その感触を、二人だけで目を閉じてじっくりと堪能するって楽しみ方もあるの」 「・・・」 「もちろん、初心者のカップルにはかなり難しいとは思うけど」 何故か堂々と、そんな話をするマイさんは何だかとても輝かしく見えて、それとは対象的に、真っ赤になっているだけの自分の事が、凄く子供のように感じてしまう。 「でも、・・・レントは得意そうよね、そういうの」 「――――――え?」 「あたしとレントの関係、聞いた?」 「あ、はい。アメリカで、ルームシェアしてた方の彼女さんだったって」 「ふふ。そうそう。レント、あたしの悪口言ってたでしょう?」 「・・・」 『毎晩毎晩、独り身のオレに殺意覚えさせるほど、いつも二人でむちゃくちゃ盛り上がってた。個室はあるけど、壁薄かったんだ』 マイさんとの関係を一生懸命説明してくれた時、思い出すのも嫌そうに語っていたレント君のセリフが蘇ってきたけれど、――――・・・うん。この事については触れないでおこう。 「これねぇ、多分一生、レントは知らない方がいいと思うんだけど・・・」 何だか、とっても意味深なマイさんの言葉に、 「え?」 ドキッとしながらも、好奇心が出てしまう。 そんなあたしの心を読み取ったのか、マイさんも悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「面白そうだから、あなたにだけ打ち明けておくわね」 言いながら、マイさんの目は、明らかにレント君の存在を警戒していて、 煌君と一緒に、マイさんの指示で他のテントの設置を手伝っているレント君が、時々、落ち着かない様子でこちらへと視線を向けている。 どうしよう・・・。 聞きたいような、聞きたくないような・・・。 「レントがアメリカに来た時、彼、あの見た目でしょ? 直ぐに地元の女の子の間で有名になってね、でも、どんなに女の子に言い寄られても、好きな子がいるからって、答えはその一辺倒で」 ・・・レント君・・・。 「でもさ、日本とアメリカで離れてるんだし、どうせ直ぐに誰かに堕ちるって、――――――賭けてたのよね。アカデミーのみんなで」 「・・・」 「・・・」 「――――――えッ!?」 単語を呑みこむのに時間がかかったあたしは、思わずマイさんを食い入るように見つめていた。 「あの時、レントが片思いしてた相手って、美織でしょ?」 一瞬、あたしが答えていいのか臆してしまったけれど、 「・・・そう、聞いてます」 躊躇いながらも頷いたあたしに、マイさんが満足気に微笑んだ。 「アカデミーのみんなに、レントとあなたがウマくいってる事を伝えたら、きっとみんな、自分の事のように喜ぶと思うわ」 「・・・」 「それくらい、レントの目は、―――――レントの恋は、とても誠実で、美しかった」 ――――――レント君。 レント君、 レント君――――――・・・。 心で名前を唱えるだけで、 じわり、 涙が溢れてくる。 こんなふうに、心が感動で震える瞬間を、あたしはどれだけ、レント君にもらってきただろう――――――・・・。 「――――――そしてあなたが、こんなふうにレントを思って泣ける、素敵な女の子で、本当に良かった」 マイさんの指が、あたしの目元から涙を拭ったかと思うと、 チュ、 「――――――え?」 頬に、音を立ててキスされて、 「「マイ!!」」 珍しく、レント君と煌君の息が合った叫び声。 「あ〜、やだやだ、まるっきりあたしの事を魔女扱いね。そんな心配しなくても食べたりしないわよ」 ケラケラと笑いながら立ち上がったマイさんは、 内緒よ、とウィンクをしながら囁いて、別のお客さんの所へと歩き出していく。 「――――――ありがとう! マイさん!」 「・・・見れるといいね、月虹」 振り返ったマイさんの微笑みは、月を背景に、とってもとってもで綺麗で、 流され上手なあたしとは正反対の、自ら道を切り開く女性。 ああいう女性って憧れちゃう・・・。 ぼんやりとしながら呟いたら、レント君と煌君が、凄い勢いで反論してた。 ・・・意外と、仲が良いんだよね。 ちょっと嫉妬心が出たのは、どっちに対してだろう? ―――――― ――――― 楽しかったハワイでの3泊4日はあっという間に過ぎて、 最初の予定通り、決めていたそれぞれのお土産をアラモアナショッピングセンターで買い集めて、荷物と一緒に日本の自宅まで送る手配を取った。 これから飛行機に乗って3月5日のハワイを発つと、日本に着くのは1日先の3月6日。 体を過ぎた時間は同じなのに、不思議と、得をしたような損をしたような、そんな気持ちにさせられるから、時差って、何度体験しても本当に不思議だなって思う。 ――――――結果から言うと、 残念ながら、この旅行では月虹は見れなくて、 あの後、一睡もしないまま、煌君は早朝に日本へと帰って行った。 ホテルのロビーでの別れ際に、 『お誕生日プレゼントだよ』 そう言ってあたしの手に握らせてくれたのは、スノウライトホテルのスイートルーム。 『絶対嫌だ!』 案の定、全身全霊で拒否していたレント君だったけど、連泊で予約していた筈のあたし達の2部屋は、既に煌君の権限によってキャンセルされていて、代わりのお部屋は用意してもらえない状況で・・・、 『あの野郎・・・』 部屋に入ると、あちらこちらにバルーンアートが飾られていて、 『煌君・・・』 ベッドに散りばめられた薔薇の花びらを見た時は、さすがのあたしも初めて煌君を恨めしく思った。 それでも、 『・・・あたし、いいよ?』 あのグリーンフラッシュを見た時、 レント君と、エッチしたいって心から思ったあたしの覚悟には変わりはなくて、 でも、 『ごめん。男の意地、通させて。ここで美織を抱いたら、あいつの掌に乗ってるみたいで、すげぇ嫌だから』 『うん』 それでも、大きなベッドに一緒に入るように手招きされて、 『――――――こうして一緒に寝られるだけでも、かなり幸せ』 『・・・うん』 いつもの、ギュッと抱き合う時とはちょっと違う。 ベッドっていうシチュエーションは、あたしの鼓動を指先まで響かせて、 『ご・・・ごめんね』 ドクドクドクドク、絶対に迷惑なくらい、レント君にも聞こえていたと思う。 『大丈夫。しばらくすれば、きっと落ち着く。それにほら、オレも、結構ドキドキしてるし』 『――――――うん』 レント君の胸の音を聞いているうちに、呼吸もしやすくなってきて、 初めて、レント君の腕に抱き締められながら一緒に眠った。 ・・・二人で一夜を明かしたって、あたしも、瑠璃ちゃんに意地を張ってみようかな。 「美織、そろそろ搭乗時間だ。ゲートに行こう」 「うん」 あたしの左手を、レント君の右手が自然に掴む。 どちらからともなく絡み合う指は、あたし達の心が迷わない限り、これからもずっと、こうしてつながっている 「・・・グリーンフラッシュ、見れて良かったけどさ、やっぱり月虹も見たかったな」 名残惜しそうに言ったレント君を、あたしはチラリと見上げた。 『恋ってね、虹を見ている気分になるの』 小さい頃、パパとママが教えてくれた、恋のヒントは、 「・・・あたしは、もう十分かな」 「――――――え?」 不思議そうに聞き返してきたレント君に、あたしはゆっくりと首を振る。 虹の原理は光のプリズム。 恋の源は、心のプリズム――――――。 レント君が、いつだって輝けるように、 あたしが太陽になって、月になって、レント君を照らせるように頑張るね。 そして、大事に大事に育てた恋を、 「次のチャンスは、――――――新婚旅行かな」 「――――――え?」 驚いて顔を上げたあたしよりも、言い出したレント君の方が、顔を真っ赤にして鼻の頭をかいている。 いつか、 二人で大事に育てたこの恋を、 「――――――うん! きっとね」 誰も見た事がないくらいの、大きな虹に――――――ね。 【完全完結】 2015/10/8 21:12 |