小説:その赤い実を食べたなら


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永遠、じゃないリース

 あたしが通っている大宮女子高校には普通科と特進科があって、いたって普通の学力のあたしは、普通科2年に在学中。
 オーソドックスな濃紺のセーラー服のスカーフは白で、近くにある円工業高校の生徒とカップルになる率がとても高い。
 ちなみに特進科だと、 まどか とは反対側にある県内屈指の光陵高校の人と付き合ってるのがほとんどだ。

 「言っとくけど、あんたのアツシ先輩の元カノが、このクラスにも一人。3年に四人はいるから」

 挑むような目つきでそう言って来た麻花ちゃんに、

 「・・・合わせて、五人、・・・かぁ」

 同じクラスにいたのはやっぱり軽い衝撃がきたけれど、先にあの人と話していたお陰か、想像していたよりも悲惨じゃなかった。
 麻花ちゃん情報によると、一カ月で終わりを迎えたらしいクラスにいる元彼女の子とは、付き合い始めた翌日に一度目が合っただけで、それ以降は特に何も変わらなかった。

 ・・・あの子も、篤先輩とシタから、関係が終わっちゃったんだよね・・・。

 「1年には一人もいないんだ・・・」

 「なんかね、アツシ先輩の親友にレントさんってカッコいい人がいるんだけど、その人が特進科の人を彼女にしてから、 大宮 うち の子を引っ掛けるのは控えてたみたい」

 「そうなんだ・・・」

 「――――――っていうか、・・・そこ? あんたが気になるのはそこなの?」

 何故か凄んでくる麻花ちゃんに、思わず心が後ずさり。

 「え? ・・・うん。えっと、・・・なんでだろうな、って」

 でも、前の彼女さんから察すると、篤先輩の好みはきっと、基本は年上なんだと思う。
同じクラスの彼女も、凄く落ち着いた感じの人だし・・・。

 「なんていうか、卒業生を数えた時の方が 衝撃 ダメージ は大きいかも・・・」

 やっぱり年上が好きなんだなって、自分にはないものを 強請 ねだ ってしまいそうになるから。

 「・・・――――――はぁ。・・・もうわかった! 解ったわよッ!」

 大袈裟なため息のあと、急に声を上げた麻花ちゃん。

 「え?」

 「ホントは応援なんかしたくないけど、もう何も言わない。――――――"あんた"が、好きなんだよね?」

 真剣な目で、最終ジャッジを下そうとしている麻花ちゃんに、あたしはコクリと頷いた。

 「うん・・・」

 すると、今までで一番大きなため息の後に、

 「・・・あんたが好きなら、もう仕方ないしね」

 そんな声が耳に届く。

 「麻花ちゃん・・・」

 「ほんと、バカなんだから、知紗ってば」

 「うん」

 「知紗が後悔しないように、応援してる」

 「――――――ありがとう、麻花ちゃん」

 最後はいつだって、あたしの事を考えて味方してくれる麻花ちゃんに、自然な感謝の言葉が零れていた。





 付き合い始めてからは、あたしの放課後と週末は篤先輩一色。
 その合間に入る麻花ちゃんとのデートももちろん大切だけど、やっぱり大好きな人の事は、真っ先に頭に浮かんでくる。

 学校帰りは長虹橋を超えて散歩して、繁華街で食事したり、公園でずっとキスしたり。
 隔週毎に篤先輩が選ぶ映画はヒューマンドラマが多くて、あたしはいつも、泣いてるか、不完全燃焼で怒ってるか、ホッとした幸せを感じているかで、とにかく一緒の時間を楽しんでいる。

 「知紗は意外なところに反応するから面白いね」

 「篤先輩の映画のチョイスも、いつも意外です」

 「そんな顔をして俺を煽れるようになったのも、意外」

 「篤先ぱ」

 「キス、しよっか」

 「・・・」

 キスをしようと尋ねられたあたしの返事は、大抵は篤先輩の口の中。
 指が絡むように、舌も絡む。

 最初の頃は、周囲を気にして集中出来ずに篤先輩に「可愛い」って揶揄われていたけれど、ある時、先輩がちゃんと周りを確かめてからキスをしてるって気付いてからは、羞恥心は捨てる事にした。

 全力で、篤先輩についていくんだ。

 拳を握る程の決意が必要だったかどうかは分からないけれど、それくらい、先輩とのキスは激しくて全部がエッチで、回数を重ねる度にあたしの鼻から小さく声が出るようになって、でも、そんな事を気にしていたら、きっと篤先輩の満足するようには応えられないんだと、そんな覚悟はやっぱり必要だったと思う。

 「知紗・・・」

 先輩の暖かい掌が、優しくあたしの頬をなでる。

 顔が傾いてキスの深さを増す度に、先輩の呼吸があたしの鼓動になる。

 好き。

 好き。
 先輩が――――――、好き・・・。



 まだ恋を知らない時、夢に見ていたキスは、少女マンガに出てくるような、そっと唇が触れ合うキス。

 まさかあたしが、高校生で初めての恋をして、しかもそれが叶って付き合う事になって、
 そしてこんな風に、体中が痺れてしまうような、内側を貪りあう生々しいキスを経験する事になるなんて、想像すらしていなかった。

 デートの別れ際は、猶更。
 こうして唇の感覚が遠くなるまで、たくさんたくさんキスをくれる。

 遊園地に行っても、水族館に行っても、ウィンドウショッピングをした時も。
 ずっと手を繋いで、他愛の無い話を積み重ねて、たくさん困って、笑って、そうして十分に楽しませてくれた後は、

 「好きだよ、知紗」

 「・・・はい。あたしも、好きです」

 「ふふ、かっわいい」

 今度は、篤先輩が楽しむ番だと、この長い 儀式 キス を当然のように始めてくる。
 もちろんあたしには、それを不服に思う事なんて全然なくて。



 告白してもらった時も、付き合ってからも、あたしはずっと不思議だった。

 前の彼女さんとあたし。
 篤先輩の天秤に乗せられた時、あたしに傾いた要因はなんだったのか。

 今までに出会った事のないタイプで、珍しかったから?

 そう結論付けた事もあったけど、それでも、いたって普通の平凡なあたしは、本当にどこででも探し出せるただの女子高生。

 そんなあたしに、篤先輩が興味を持った要素は、一体なんだったんだろうって、



 その答え、なんとなく解ったかも知れない。



 「・・・好きです、先輩」

 あたしは、体のどこからか、痛いくらいに溢れてくるこの"好き"という想いを、制御しきれずに自分で壊してしまうんじゃないかって、

 怖くて、苦しくて、逃げ出したいような、泣きたいような、

 「好きなんです・・・」

 あたしの中に膨らんだ、不安定なシャボン玉を守りたい必死さで、その想いを口にする。



 でも先輩は、いつだって、

 「可愛い、知紗」

 「好きだよ、知紗」

 「キスしよっか、知紗」

 それを言われて右往左往するあたしの反応を、楽しそうに、観察してる。



 きっとその言葉には、あたしほどの切なさは込められていなくて、
 きっとその言葉には、あたしほどの愛しさは込められていなくて、

 あたしほどの戸惑いも、
 あたしほどの哀しさも、
 あたしほどの苦しさも、

 "好き"を構成するあたしほどの複雑なイトは――――――、

 きっと、
 ――――――きっと、



 「知紗、俺の事、好き?」

 「好きです、大好きです、先輩」

 「俺も好き。知紗、そういうトコ、ほんと可愛い」



 クスクスと笑う先輩の"好き"には、編み込まれていない――――――。



――――――
――――

 「麻花ちゃん、これ、良かったら貰って?」

 クリスマスまであと三日。

 イブの夜のアリバイ作りをお願いしてある麻花ちゃんに、用意していたプレゼントを渡す。

 「ありがとう〜。――――――うわッ! 可愛い! なにコレ!? みかん!?」

 「うん、ドライオレンジ」

 オーブンで乾燥させたドライオレンジと、漂白して金のラメを塗った松ぼっくりを、赤と緑の、白のレースで縁取られた幅広のリボンで市販の土台に括りつけた、直径15cmくらいのクリスマスリース。

 「知紗、これ、作ったの?」

 「うん。ネットで見つけて、思ったより簡単そうだったから」

 「はぁ〜、凄い」

 こういう手作りを一切しない麻花ちゃんは、感心半分、呆れ半分といった表情で首を振り、ふと、あたしの手元に視線を落とす。



 「――――――で、それは先輩の部屋に飾るヤツ?」

 「あ、うん。そう」

 話題になった大きな紙袋は、強調するようにぽっこりと膨らんでいる。

 「ちょっとぉ、あたしのリースと大きさに差がありすぎるんですけどぉ?」

 言いながら、ニヤニヤと中を覗き込む麻花ちゃん。

 「・・・あれ? リースじゃないんだ?」

 少しだけ戸惑ったように言いながら、首を傾げてあたしを見た。

 「うん。ブーケ風の、スワッグって壁飾り。可愛いでしょ?」

 「―――――そりゃ、可愛い、けど・・・」

 麻花ちゃんの顔から、懸念が消えない。
 あたしから、目を逸らさない。

 「・・・知紗?」

 「・・・」

 「白状するまで、先輩のトコには行かせない」

 「麻花ちゃ」

 「知紗が決めた事だから、あたしも最後まで応援する。けど、一人で抱えるなら行かせない」

 「・・・」

 「本気で行かせない。イブの夜も、協力しない」

 「麻花ちゃん・・・」

 真っ直ぐ、あたしに向けられてくる麻花ちゃんの優しさに、思わず、キュッと泣きたくなる。



 でも、泣いたら、もっとダメだ。

 "知紗が決めたことだから"



 そう。

 ――――――あたしが決めた、事なんだから。



 「イヴの後の、約束が一つもないんだ・・・」

 「え・・・?」

 「今までの先輩なら、大晦日とか、初詣とか、もうとっくに言い出してる」

 それはつまり、

 「――――きっと・・・、イブの夜が、最後の、デートなんだと、思う・・・」

 話してる内に、だんだんと実感が湧いてきて、目頭が熱くなってきて、

 「二ヶ月と半分・・・。篤先輩の歴代彼女としては、結構、長い方だよね?」

 「知紗・・・」

 「へへ・・・」

 笑った拍子に、自然と涙が零れてしまった。

 「あたし、忙しいの・・・麻花ちゃん」

 「・・・」

 「ここしばらく、・・・心が、もういっぱいいっぱいで・・・」

 「知紗・・・」

 「先輩と、イブを過ごせる事は凄く嬉しくて」

 「うん」

 「初めての人が、大好きな先輩で、凄く嬉しくて」

 「・・・うん」

 「でももう、これで最後なんだと思うと、凄く悲しくて――――――」

 もう、終わりが見えてしまった恋だから、リースは哀し過ぎて作れなかった。



 先輩。

 篤先輩――――――。



 クリスマスリースには、永遠という意味があるんです。

 終わりの無い"輪っか"だから。

 ずっとずっと、続くから――――――。



 でも、あたしと先輩は、そうじゃないから・・・。

 続いていく、恋じゃないから――――――。

 ブーケ型のスワッグは、あたしの気持ち。

 成長しようと足掻く、あたしの決意――――――。

 どうか、先輩に次の幸せが集まりますように。

 「知紗・・・」

 麻花ちゃんに頭を撫でられて、あたしはまた、大粒の涙を頬に落とした。





 ――――――
 ――――

 「――――舌、出して、知紗」

 クリスマスイブの夜。
 いつもと同じ距離の筈なのに、あたしに覆い被さるようにしてそう言った先輩を、いつもよりずっと近くに感じるのは、先輩が裸だからなのか。

 「せんぱ・・・」

 「身体が固いと、知紗が痛い思いしちゃう」

 「・・・」

 「もっとたくさんキスしよっか」

 「篤先輩・・・」

 「いつもみたいに夢中になって」

 「・・・ん、・・・ぁ、せんぱ」

 「ね? もっと可愛い知紗が見たい」

 一人暮らしの先輩の部屋は、シンプルなワンルーム。

 今、あたしが先輩と入っているベッドと、良くわからないタイトルの本がぎっしりと立てられた本棚と、そしてノートPCを置いたガラスのテーブル。
 その端っこには、あたしが持ってきたスワッグも置かれていて、

 床には、先輩が脱がしてくれたあたしの服――――――。

 好きな人の前で裸になるのはとても恥ずかしくて、自分でも見た事がないところにキスをされるのは恥ずかしくて、イヤイヤと、混乱するように首を振りながら、それでも、先輩にキスをされ、声を聞いているうちに、全てを開いて許してしまった。



 「ッ、ぁあぁ、はぁ、・・・くぅ」

 「知紗、もうちょっと、我慢できる?」

 「・・・ぁ、・・・はい、大丈夫、で、・・・ッ」

 応えながらも、下半身を麻痺させる勢いの激痛に、じわじわと涙が溢れてくる。



 初めての時は、みんなこんなに、痛いのかな。

 これは、

 もう終わる恋に、

 こんな風に身体を開いてしまったあたしへの、恋の神様からの罰なのかな――――――。



 「知紗、もう、ちょっと、だから」

 「は、い・・・ッ」

 目を開くとそこにある、額にじんわりと汗をかいている先輩の顔も、気持ち良さそうというよりは、なんだか苦しそうで、

 「知紗、」

 「せんぱ」

 あたしの肩を掴む先輩の手に、ギュッと力が入った時、

 「・・・ッ!」

 声にならない悲鳴が、頭の中をガンガンと叩いた。
 身体の奥からマグマのように吹き鳴る強い痛みが、心臓の音に混じって体中を駆け巡る。

 しばらく、お互いの呼吸だけが耳に響いて、



 「・・・知紗、――――――全部、入ったよ」

 今までで一番甘い声で、そう宣言した篤先輩の、あたしが一目ぼれした焦げ茶色の優しい瞳が、

 「知紗」

 一心にあたしに向けられた。

 ああ、

 ――――――好き。

 大好き――――――・・・先輩・・・。

 泣きたいような、

 嬉しいような、

 けれど、確かに、

 "幸せ"だと感じられる瞬間が、あたしの世界に訪れている。

 「どう? 俺がわかる?」

 あたしの唇に、チュッとキスをしながら上目でそう告げてきた先輩は、凄く色っぽくて、

 「・・・はい。わかります」

 あたしの中に、確かにいる、篤先輩の熱い一部。

 「あ、やばい」

 「・・・先輩?」

 「ごめん、もう我慢できないや。動いていい?」

 「はい」

 「きつかったら言って」

 「は、い」



 そこからは、全てが嵐のようだった。

 隙が無いほどに密着して抱き合ったまま攻められて、
 かと思ったら、まるで観察されるように見下ろされながら何度も打たれて、



 「知紗」

 「―――――先輩ッ」

 「知紗―――――・・・ッ」

 ビリビリと、感電するような衝撃があたしの身体を震わせた。

 チカチカと瞬く光が、テーブルの端に置かれたスワッグから、まるで星を覗くように輝いている。



 忘れない。
 先輩の息の熱さ。

 忘れない。
 あたしに触れた、先輩の肌の暖かさ。

 忘れない。
 何もかも、

 ――――――ぜんぶ、全部、

 「―――――あたし、幸せです、先輩」

 「知紗」

 流れた涙を、先輩の指が拭ってくれる。



 "いつか"、遠くない内に別れが来るという現実よりも、"今"、感じられるこの幸せの方が、あたしにとっては大事だった。



 永遠じゃなかったこの恋を、あたしは決して、後悔なんてしない。



 大好きです、篤先輩。

 きっとしばらくは、ずっとずっと大好きです。



 でも、



 告白してくれて、デートしてくれて、

 あたしを、"彼女"として、とっても大事に扱ってくれた。



 それだけで、もう十分です。

 だから、

 「いつでも、お別れ、大丈夫ですから」

 「・・・知紗」

 素敵な"初恋"を、ありがとうございました――――――。








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