朝だというのに、新しい一日が始まる"爽やかさ"なんてのは湿度の高い空気には一片も無くて、低い空から無数の糸を垂らしたような、長い長い雨模様の中、 「こう続くとうんざりしちゃう」 「ほんとだね」 昨夜、まったりとしたスローセックスを楽しんだ"彼女"を、"会社の近くまでエスコート"と称して歩いているこの道は、まったくもって俺の生活圏外。 こんなトコにこんな道があったんだなぁ――――――。 俺が住んでる街からそんなに離れていないのに、まったく知らない景色なのが面白くて、周りを眺めながら歩いていた。 こんな風に、新しい 「アツシ。来週末のお泊りも絶対だからね」 俺の腕に添えられていた彼女の手にキュッと力が入る。 「もっちろん」 弾んで応えた俺の目に、 ――――――? 横断歩道の向こう側で、大きめのオレンジの傘がクルリと回ったのが見えた。 まるで、雨に煙るモノクロの世界に、そこだけ色が、ぽつりとあるみたいで――――――。 そんな風に感じたのは、本当にただ、明るいオレンジが目立ったからってワケじゃない。 何、あれ。 その傘の下、特に輝くような美少女でもない、普通の可愛いい女の子が一人、 「あ」と目を丸くしたり、 「ふふ」と笑ったりの百面相。 大宮のセーラー服の上から着たカーディガンの、その肩を過ぎた濃いブラウンの真っすぐなストレートの髪が、表情を変える度に左右に揺れて、 ――――――あれってアレだ、アレ。 インコの首が右に傾くと、自分も一緒に首が傾いちゃいそうな、あの微妙に恥ずかしくなる釣られ感が見ているこっちを擽ってくる。 ――――――いや、別にそれはいいんだけど。 何だろう。 見ていると、妙にウズウズする子だな、と。 思わず観察を続けてしまった。 どれくらい見つめていたのか。 実際は、信号を待っている間のほんの数秒だとは思うけれど、そうして見つめていた彼女が、ふと思い出したように背後の気配を窺って、そして今度は、思い直したように正面のこちらを――――――、 「やば」 このままだと目が合っちゃう。 ほとんど反射的に傘を傾けて、彼女の視線からどうにか隠れて、 ――――――見てたの、バレたかな? そっと、紺色の幕を上げて見ると――――――、 「あ」 結局、どこかで予想していた通り、やっぱり目は合って、 「・・・」 あれ? なんか一瞬、息出来なかったかも。 ・・・俺、体調悪いんかな? いやでも、昨夜も絶好調に どこに思考を飛ばそうとしているのか、こんな純朴そうな女の子を見ながら考える事じゃないでしょ、と。 自主突っ込みの自主規制でいろいろと戒めている内に、 ――――――え? その彼女の頬が、まるで傘の色を映したように染め上がり、それに対比して深さを増したその真っ黒な瞳から、どうしてか目が離せなくなって――――――、 信号が青になり、反射的に歩き出す。 そして、横断歩道上で彼女とすれ違いざま、込み上げてくる感情が、何故か制御出来なくなった。 「――――――かっわい〜」 俺の口を突いて出たセリフ。 それに反応して、オレンジよりも更に濃くなっていく彼女の頬が、キスしたくなるくらいに美味しそうに目に映る。 やばい、あの子、マジでインコみたいだ。 「―――――ちょっとアツシ! いい度胸じゃない」 あ。 マズった。 「ごめんごめん」 横断歩道を渡り切ったところで、慌てて隣の"彼女"に向き直った。 「あんたがそういう性格だってのは解ってるけど、"彼女"が一緒の時にいう事セリフじゃないよね!」 「だよね〜。ほんとごめんって。ほら、機嫌直して?」 前髪を指で払い、 「――――――ね?」 顔を寄せて、チュッと唇を触れさせる。 「――――――ど? 機嫌なおった?」 「・・・まだなおんない」 「まじで? どうする? 会社休んでホテル行く?」 「・・・もう有給ないし」 ―――――こらこら、休み過ぎでしょ。 幾ら社会人1年目の有給日数が少なくても、明らかにズルで消費しちゃってるよね。 「ん、じゃあ仕事終わったら、朝までご機嫌とってあげる。どっかで一緒にお泊りしよ」 「・・・」 「それとも、そこの路地に入って、どのくらいまでシたら機嫌が直るか試してみる?」 「・・・バカ」 「怒った顔も、綺麗で好き」 「・・・」 「けど、そうしてキスをおねだりする顔の方が、もっと好きだよ」 「アツシ――――――」 ふと、さっきの子がまだ横断歩道の向こう側に立っているのが目に入った。 お子様には目に毒だろうな――――――と。 大宮の"白ちゃん"から傘で見えないようにして、それから、舌を絡めるキスを始める。 根元からねっとりと、引きずり出すように舌を吸い上げれば、自然と彼女の喉から声が漏れて、 「ん、・・・ふぅ」 感度が上がってる時なんか、これでイケちゃうんだから、彼女とのセックスは もう絶対、これだけでアソコはぐちょぐちょなんだろうなぁ。 知っているだけに、欲求がムクムクと湧いて来る。 「いれて欲しい・・・」 「俺も・・・。けど、高校生のうちに青姦はどうかなって躊躇しちゃう」 「・・・嘘ばっかり」 はい、嘘です。 経験ありますし。 「近くに公園ある? トイレとか」 「・・・なんかヤだ。やっぱり我慢する」 「うん。来週末、たくさんシようね」 「・・・約束だからね」 俺に癒しを求めている彼女には、これくらいの会話の流れがちょうどいい。 「やだ。本気で遅刻しちゃう」 「ホントだ。行こっか」 雨が弱まったような気がして、改めて傘を持ち上げると、視界の向こうにオレンジの傘が遠ざかって行くのが見えた。 普通科の白のスカーフだったけど、凄く真面目そうな子だったよねぇ。 ――――――けど、もし、 もし俺がキスをしたら、あの子はどんな顔をするんだろう。 想像するだけで胸をソワソワさせる疑問が、まるで棘のように胸に残った――――――。 ―――――― ―――― 「篤さ、・・・何かあった?」 「――――――え?」 俺が通う 「何かって?」 「・・・いや、それを聞いてんだけど」 ・・・そうですよねぇ。 「う〜んにゃ、別に?」 直ぐに思い当たる事は特になくて、考えるまでもなく左右に首を振る俺に、 「そうか・・・?」 ほとんど納得してないって顔で、レントは自分の左隣に座る アッシュがかった黒髪を耳にかけながら、垂れ目の美織んがその ――――――あ〜あ、目で会話しちゃってるよ。 何をしてても、俺にはイチャついているようにしか見えないこの二人は、交際2年目に突入した(のにまだエッチしてない)カップルで、 「・・・っつうか、レントと美織んって、一緒にいる時、セックスしないで一体なにやってんの?」 「――――――えッ!?」 「篤ッ、お前なぁ!」 あ、日頃の疑問が思わず口に出ちゃった。 「――――――あ〜、ごめんごめん」 軽〜く謝罪して、目の前のメロンソーダのストローをくわえたところで、 「――――――どうして?」 まるで不意打。 真剣な眼差しで美織んが尋ねてきた。 「篤君、今まで、そういう事、言った事なかったから、急にどうしたのかなって」 「美織、篤のこういう会話は相手しなくていいから」 「え? ・・・でも、あたし達の事が、というより、何をしてるかって事に重点がおかれてた気がして・・・」 「ん?」 レントが、美織んの言葉に首を傾げてる。 なんていうか、のほほんとしてるようで、変なところでカンが良いんだよね、美織んって。 「あ〜、なんていうかさ」 放置もしておけないので、取り敢えずフォロー。 「う〜ん、ほんとに素朴な疑問。映画とか、買い物したりとか、まぁ俺だって普通のデートはするけどねぇ。・・・セックスが無いなんて、それの繰り返しって事でしょ? どうなのかな〜って」 あの子は、――――――まぁ、スカーフが白だったって事は、つまりは普通科だし。 美織んの 「・・・ねぇ、篤君」 首を傾げて、美織んが目をパチパチさせながら俺の方へと少しだけ身を乗り出してきた。 それでも、レントと美織んの体の距離が開かないのは、涙ぐましいくらいのレント君の努力だね。 「何?」 「今・・・、誰かが想定されて篤君の頭の中にいる?」 「――――――え?」 しばらく、思考が真っ白になった。 「・・・え? 美織ん、なんで?」 その可愛い顔を見つめながら、俺は瞬きを繰り返す。 その隣から、 「あ、こら篤、美織んって呼ぶの、禁止っ言つった」 「ああ、そうでした」 ごめん、と手を上げると、美織んが更に身を乗り出してきてまた俺に近くなる。 「篤君、やっぱり今、誰かを想像してたんだ?」 「次呼んだら、冗談抜きで、マジ手から先に出るから」 そんな美織んの服を引っ張って自分の方へと引き戻して、 「いや、それはちょっと勘弁だよ、レント君」 あ、睨んでる睨んでる。 ほんと、美織んの事が関わると人相まで変わるから、レント。 「レント君! 今その話はちょっと待ってて」 「え? 美織?」 ちょっと怒りモードが入ったみおりんの声に、レントが驚いたように息を詰める。 なんか、俺の為に喧嘩しないで、の世界だよね? ・・・どうしよっかな。 でもやっぱり、イチャついているようにしか見えない二人を交互に見やりながらメロンソーダをストローでつついてた俺に、美織んが改めて尋ねてきた。 「その子の事、気になってるの?」 ――――――気になってる? 気になっている。 記憶の中で、オレンジの傘が、クルリと回った。 「・・・ああ、そうかも。確かに」 ぼんやりと返事をした俺に、美織んがふんわりと笑みを浮かべる。 「――――――初めてだね。篤君がそうやって、傍にいない、しかも、"彼女"以外の誰かの事を気にするなんて」 それはまるで、天使の一声。 「・・・そう、だっけ?」 指摘されて初めて気が付いた。 ――――――そっか。 俺、あの子を気に入ってるんだ。 そう考え至ったら、なんだか気分爽快で、一気に目の前がクリアになる。 「凄い、美織ん」 キリストが生まれた場所を示す天使の光のように、美織んが、あっという間にあの子へと手招いてくれた。 「ありがと、美織ん」 うん。 俺、 ――――――あの子の傍に、行ってみたいかも。 胸が、意味不明にドキドキするとか、 初めて経験する気持ちの高揚に、口元がやけに緩みっぱなしになっていた。 ―――――― ――――― 「あのさぁ、ちょっと話あるんだけど」 自分の気持ちが見えたからには、まずは、今の"彼女"に別れ話。 広いようでかなり狭い"世間一般"では、 円工業の柏田篤は、好き勝手に女の子を渡り歩いている酷い男だと噂されているようですが、お付き合いを始める前にちゃんと事前協議は済んでおります。 どちらかが"次"を見つけたら、関係はEND。 先週から約束していた今日のお泊りも断るつもりで、彼女の部屋の前で切り出した俺に、 「・・・ん〜、後で聞く」 悪戯っぽい笑顔でそう言った彼女は、 「え? ちょ、」 グイッと俺の腕を引っ張って、速攻技でキスを奪われた。 柔らかい彼女の唇が、ハムハムと俺の唇を濡らしてくる。 あ、・・・気持ちいい。 この人は、なんでこんなに上手いんだか。 俺もキスにはちょっとは自信あったけど、彼女との手合わせ中は、なかなか修行不足を指摘されている気分になる。 舌を擦り合わせるその深さ、味蕾の質感までも味わえるねっとりとしたこの動き。 その合間に、自分の唾液を混ぜてくるタイミング。 それをズルリと啜って、根こそぎ官能を引き出される感じ。 キスに応えるだけで頭が一杯になりかけた俺の足の間に自分の太腿を差し入れて、股間を刺激しようと前後させるこの 「・・・ん、はぁ」 やべ。 声出るから。 「――――――ちゅ、・・・ふふ。――――――ねぇ、別れ話の置き土産が無いなんて、そんな情けない事、"彼女"にはしないよね? アツシは」 キスを中断し、熱い眼差しで俺を見上げてそう言いながら、挑発的に唇を舐めた彼女の壮絶な色気に、 ――――――はい、降参。 「すっげ可愛い事を言うね」 少し乱れた彼女の横髪を、指先で耳にかけてあげる。 「こういう積極的なの、好きでしょ?」 「・・・ほんと、エロい顔」 「好き、だったでしょ?」 見た目の色気とはギャップがある可愛い縋りに、気持ちが湧き出る。 「今も、好きだよ」 そんな突然、嫌いになれる筈もない。 「アツシ」 「――――――いいよ。とびきり熱っついヤツ、―――――置いてく」 ボトムのベルトに手をかけた俺に、 「ふふ」 彼女はただ、楽しそうに目を細めた。 ――――――二泊。 技を競い合うようなセックス三昧。 さすがに腰にキマシタ。 「――――――ねぇアツシ、次の子って、あたし知ってる子?」 「あ〜、この前の子。やっぱりなんだか可愛くて、気になってるんだよね」 「この前の子って・・・」 俺の目を、探るように覗き込んで、 「って、――――――え? あの雨の朝の子?」 「そ」 驚きに目を見開いた彼女に、素直に笑いを返す。 「そんなに意外だった?」 「それは、・・・だって、よりにもよって、なんであんな 「だよね〜、俺もそう思う」 「・・・アツシ、無体な事はやめてあげてね」 「こらこら、俺ってどんな鬼畜だよ。・・・まぁ、ただね〜、どうアプローチするかは、考えドコかも」 「振られる可能性は考えてる?」 「・・・」 あの雨の中、横断歩道ですれ違った時、彼女の呼吸は、俺を見て一瞬止まってた。 「・・・ちょっと、自惚れたいかな〜なんて」 「ったく。これだから顔がいい男は」 「違います。あの子の反応をこれまでの経験値で分類したら、多分イケるかな〜ってそんな気がしただけ」 「・・・」 「・・・何?」 突然無言になって、あまりにもジッと見つめて来るから、ちょっとドキッと反応してしまった。 何言われんだか、心臓が跳ねる。 「――――――アツシってさ、今まで、ちゃんとしたお付き合いした事ある?」 ちゃんとしたお付き合い。 それはつまり、レントのような、純粋に美しい一途なお付き合いの事だよね。 「ないな〜」 たとえセックスが中心の遊び前提でも、一人相手を決めたら、浮気とかは絶対にしないのが俺のポリシーではあるけれど、だからといって、誠実にちゃんとお付き合いしているという姿勢とは、全然違う。 「ないんだ」 「うん。無い。残念ながら、こればっかりは見栄は張れない」 「・・・」 「そんな憐れむような目で見ないの」 「もしかしてアツシってさ、初恋もまだだったりするんじゃない?」 「――――――え? 俺、初恋どころか、恋の経験もちゃんとあるよ? 幼稚園の先生から始まって、同級生にも、先輩にも、近所のお姉さんにも、イロイロ」 セックスを覚えた頃から、"恋"なんて聖域からはかなり遠ざかっている気はするけど。 「・・・ふうん? でも、なんだかねぇ――――――」 「何?」 「まぁ、――――――いっか」 妙に諦めモードを醸し出されると、ちょっとムキになってしまう。 「――――もしもしおネェさん? これだけ女の子とエッチしてきたこの俺がさ、実は初恋がまだなんて、ほんとに人として鬼畜 「何言ってるのよ。今までの遍歴だけでも、事情を知らない人から見れば、あんたは立派な ピン、と鼻先を指で弾かれて、 「で、いつか女に刺されて、過去の女としてインタビュー受ける事になっても、そんな事ない! なんて庇う気も、さらさらないから覚悟しといてね」 「はいはい」 ひらひらと手を振ると、 「アツシ」 やけに真剣な眼差しで、呼びかけてきた。 「――――――何?」 笑顔で、受け止めようと言葉の先を促すと、 「・・・相手の気持ち、ちゃんと見極めてあげてね」 彼女のその言葉は、4年前の萌絵と重なるセリフで――――――。 「俺にそれ言った人、二人目だ。―――――俺ってば、年上の女の人にご指導受ける相でもあるのかな」 目の前のシーツの海に晒された、その均整のとれた綺麗な体をもう一度欲しいとは思わない。 それはつまり、俺の中で終止符を打てたという合図。 こういうのも慣れみたいなものだ。 「楽しかったよ、ありがと」 「あたしこそ」 最後のキスは、おまけ。 ――――――で、 この瞬間から、晴れてフリー。 さてと。 オレンジの傘が目印の、あの可愛いインコちゃん。 まずは、どうやって攻めてみよっかな。 |