小説:食べられる花


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Episode:雪


 何これ、


 「王子、ゃだ、痛いから無理、これ以上は絶対無理ですぅ」

 股のところから、冗談抜きで破けてしまいそうな衝撃に悲鳴を上げると、王子はすべての動きを止めて、息を整えるように深呼吸をし始めた。

 それでも抜いてくれなくて、繋がったままの入り口数センチあたりがジンジンする…。
 この異物感、四年に一度くらいの壮絶便秘で苦しんでる時くらい、そんな、どうしようもない場所への混乱が今この行為で再現されている。

 「っていうか、なんでッ!? あの日、あたし達、イタシちゃったんじゃなかったの?」

 そう、あの日。

 あの目覚めたら王子がいた一年の始まりの日。
 丸まったティッシュの塊りをごみ箱の中に見て、

 "あたし、もう処女じゃないんだ。記憶がないのは残念だけど、痛みも忘れたんならラッキー"

 ――――――なんて、

 目覚めたらチート持って異世界みたいな、
 目覚めたら女子スペックアップみたいな、

 そんな感じでこっそり結構喜んでたのに、まさかの未開通だったとは。


 「…さっきと同じ悲鳴をあげられて、続けられる男はそういない。つまるところ、俺はそんな鬼畜じゃない。あの瞬間に、酔いも興奮も一気に醒めました」
 「…え?」
 「っていうか、フェラとかシックスナインとか、あんなにスムーズに進められる処女って、おかしいよね?」
 「う」

 真正面から王子にそう言われれば、あたしは二の句は継げない。

 「お口の技で、いったいどれだけの男を躱してきたの?」
 「…えっと…」

 合コンが、たまにはヤリコンの時もあったりして、無理やり犯されそうなんて事はなかったけれど、ホテルには何度も連れ込まれかけた。

 そのたびに、あの手この手で逃げる算段を身に着けて、ある程度のところまではバッチリ玄人なんですけどね。

 「――――――まあ、それも今日で終わりだけど」

 ふと笑った王子は、あたしへと圧し挿入《はい》ってくるのを再開した。

 「うぅぅぅ」


 痛い――――――。

 「ゃだ、たくみ、痛い、…ッ」


 あそこもだけど、押さえつけられた左右の掌も、無茶苦茶痛い。
 床だったら絶対に骨が砕けてるでしょってくらい、王子は容赦なく、両腕に全体重を預けてきてる。


 「…雪、こっち見て」

 痛みで目を閉じていたあたしの頬に、ちゅっと唇があたる。


 「涙ためてる雪、可愛いね」
 「…ぅぅ」
 「どうする? ほんとにやめる?」
 「…うう」
 「この先の快感に、興味あるんでしょ?」
 「うううう」

 キラキラ王子スマイルは、やっぱりあたしの胸をキュンとさせて、

 「痛い…」
 「もっと痛くしてあげる」
 「…」
 「それとも、いつか俺以外の男にされる?」

 うっすらと額に汗を浮かべた王子のその言葉に、考えるまでもなく迷わず首を振った。

 「…がいい」
 「ん?」

 こんなに痛いの、他の誰かのために我慢できる気がしない。

 「…たくみが良い」
 「うん。そうだと思った」

 指と指がしっかりと絡まった掌が、更に強くベッドに沈められた。
 首筋から耳元、鎖骨にかけて繰り返し繰り返しキスや甘噛みをされながら、ゆっくりとあたしの中にそれが埋まってくる。


 世の中の非処女の女子達、心から尊敬。
 キスをされる気持ち良さも、胸を舐められる気持ち良さも、全部上書いてしまうこの痛み。


 「――――――OK、挿入った」

 王子の声に、ホッとしたあたしの喉から、「ひん」と小さな声が漏れてしまったのは不可抗力。

 「なに、その可愛い鳴き声」
 「え?」
 「はぁ、このままぺしゃんこにしたい」
 「…はい?」


 …すごく、不穏な言葉が聞こえた気がしたけれど、


 「動かないでいいからね、雪」


 それでも、


 「ただ俺に、ずっとしがみついてて」
 「あ」

 それでも――――――…、




 抜かれては突かれ、抜かれては突かれ。

 「雪、雪ッ」

 あたしを気遣っていた王子の腰使いが自分の快楽を追い求めるスピードになるまでには、

 「ああああぁぁぁッ」
 「は、雪、ゆ、」

 王子の両腕はあたしの背中まで廻されて、あたしの両腕も、王子の背中にしがみついて、

 「あ、ゃ、ぁん」

 痛みしか無かった奥の方から、じわじわと快感が溢れてくる。

 体を潰されそうなくらいに抱きしめてくる王子の腕の力さえも、自分の中の何かがスパークしそうになるくらい、幸せという感覚に変わっていく。


 「ゆき、ゆき――――――、ッ」

 耳元で言葉になるあたしの名前は、王子の荒い呼吸の狭間から生まれていて、

 「ゆき」
 「たく、み」

 あたしの頬を撫でる手が、
 頭を撫でる手が、

 抱きしめてくれる手が、


 「ごめん、雪、もう、イク」

 再び、あたしの手を探して強く掴んでくれた、その、王子の手が、



 "どうして、雪のパパとママはお家にいないの?"

 "どうして、雪のパパとママは、雪と手と繋いでくれないの?"

 "どうして、雪のパパとママは――――――"



 いつからだったかな。

 それを求める事を、やめてしまったのは。


 "いつかきっと、雪にも現れるよ"
 "ほんとにほんと? 克彦君、それはいつ?"



 「――――――ゆ、き」


 あたしの腕の中で、王子の体が震えていた。

 弾んだお互いの息、
 絡まった素肌の感触、
 境界の判らなくなった熱い体。


 「痛くしてごめん、雪。でも、次は絶対にやめないって、あの日から決めてたから」

 やっぱり、イベント好きなのかな。
 あんなに一緒に眠ってたのに、わざわざ自制してお正月からバレンタインを待つなんて。

 「…ほんと痛かった」
 「うん。――――――でも、最後の方は雪も気持ち良かったでしょ?」
 「…その結果オーライ的な言い方は、すっごくむかつくんですけど」
 「あ〜、そうだね、ごめん」

 唇を尖らせて視線を逸らせば、王子の手があたしの頬に触れて顔を戻される。
 気恥ずかしく見た王子の顔は、すごく晴れやかで、なんていうか、達成感みたいなのに溢れていて、


 「雪」

 ほんの少しの間だけ、ティッシュを取るために体を起こしていた王子は、処理を終えるとすぐにシーツの中に戻ってきた。
 そして、

 「え、ちょっ」

 手に持っていた数枚のティッシュで、あたしの方も拭ってくれる。

 「良かった。あまり出血してないね」
 「…」

 何となく、これまでの王子の経験が見えた気がして、ちょっと嫌な気分になった。
 そんなあたしの機嫌を察したのか、

 「雪、おいで」

 伸ばされた綺麗な手に招かれれば、やっぱりあたしが従わないわけはなく。
 抱きしめられながら眠るのは、これまでと違わない体勢の筈なのに、やっぱり事後だと何かが違う。
 王子と、セックスしちゃったんだなって、妙に納得できる。

 見つめ合っている内にそんな事を考えれば、王子は薄茶の目をすっと細めた。


 「――――――ねぇ、雪。この流れだと、もう一回って感じ、するよね?」
 「…しない」
 「えええええ?」

 大袈裟に反応する王子も、カッコ可愛い。

 「じゃあ一眠りして、朝にもう一回ね、雪」
 「もうしつこい〜」
 「全然足りない。雪が足りない」
 「しないから」
 「雪」
 「…」
 「雪」
 「…」
 「ゆ、き」


 ぎゅっと、腕の中に抱きこまれた。


 「とりあえず、ゆっくり眠ろう」
 「…うん」

 そのお誘いには、素直に応じる。
 途中から未知の領域だったセックスは、思っていた以上に体力勝負で、体はもうお疲れモード。
 体勢が落ち着いただけで、引きずられるような強烈な眠気に誘われる。


 「おやすみ、雪」
 「…おやすみなさい」

 最近ではすっかり慣れてしまった王子の腕枕。
 あたしの指先を、指で挟むように持って眠るのは王子の癖だ。


 このルーチンが、すごく安心する。
 王子の存在が自分の居場所になったような、そんな思いまで芽生えてくる。

 それに足し算された新たな繋がり方は、明らかにあたしの何かを変えた。


 …セックスパワー恐るべし。






 「おはよう、雪」


 目覚めたら直ぐ、王子がそう言ってあたしを新しい一日に出迎えてくれた。
 これまでだって何度か見てきた始まりの光景なのに、どうして今日は、こんなにも胸に響くんだろう。


 「雪、朝食はルームサービスにしない?」
 「雪、今日は遅番でいいんだよね?」


 雪、雪、雪――――――、


 王子があまりにもあたしの名前を口にするから、


 「あたし、今日は休み」
 「…雪、ほんとに?」


 なんかだ、真っ白な世界に埋もれてしまいそうになる。



 でも、


 「なら今日は、一日中デートしよう」


 この世界は全然寒くなんかなくて、



 「…いいけど」



 だからあたしは。


 「雪、好き」
 「…ぅん」
 「だからもう一回だけ」
 「…バカ」


 自分が今、未来で転がり落ちる坂道の、そのてっぺんにたどり着いたという事実を、




 ――――――何にもわかっていなかった。



 怒涛の未体験ゾーン突入突破日だったバレンタインから一週間。

 王子との関係は、表面上はあまり変わらない。
 会社では相変わらずお姉様方とファンクラブモードで、

 「雪、今週末の約束、覚えてる?」
 「え?」
 「亜希の店に行くってやつ」
 「…覚えてるから、名前」
 「周りちゃんと見てるって」

 時々、あたしが遅番の日の昼休みに、時間を合わせて食堂にやってくる王子とこっそりそれなりの会話を交わすくらい。

 「昨日は楽しかったね」
 「…」

 初めて、二人でお風呂に入った事を言われて、思わず睨みつけてしまう。
 顔は、赤くなっていない筈。

 「何その可愛いの」
 「は?」
 「なんかもう、好きだなぁ」
 「…もうッ」

 あたしには、セックスしてる時にしか見えないお花畑が、どうやら王子には四六時中見えているらしい。
 いつだって甘く優しく、蕩けそうな笑顔を向けてくるから、あたしもその表情にやられて、反撃の言葉を失くしてしまう。

 「あ、そうだ。雪、明日はシフト休みだよね?」
 「うん」

 なので、今夜から久しぶりにネット三昧の予定。
 王子との時間が増えたのに比例して、ネット利用の週間レポートは八割も減になってた。
 ネット漫画も小説も、きっと更新が溜まってるんじゃないかなと思うと今から家に帰るのが楽しみで仕方ない。

 だから、


 「今日は来ないでね」
 「雪が楽しそうなのはいいけど、彼氏としては、すごく複雑」
 「来ないでね」

 だって、王子が来るとあたしの完全なフリータイムは確実に減る。

 王子が来る時は手作り料理(王子の)。
 作りながら何かと話しかけてくるから、美味しくそれを食べ終えるまで、気が付いたら二人一緒に片づけをして、それで二時間くらい消費してしまう。
 そして王子の手に操られ、気が付いたら王子の下か、ベッドの上。

 回数を重ねるたびに、物凄く濃厚になっていく快感はあたしがAVで得た想像を遥か彼方まで超えていて、

 『今日は目隠ししようか。113番』

 目隠し、狂いそうなくらい良かった。
 王子が次に何をするか見えないから、慣れてきた快感に辿り着くまでの未知感がすごくて。


 『30番しよう、外見ながら』

 立ったまま繋がって、窓の外の景色を見ながら、そのガラスにうっすらと映る、捲られた服と見えたブラ、そこから零れた自分の胸の歪んだ形、それに興奮を覚えていたあたしと視線を合わせて笑う王子、攻め立てられるいつもと違う角度。
 決して王子様じゃない卑猥さに愉悦で歪んだ表情に、あたしはますます心を奪われて。


 『ねぇねぇ雪、これ着てみて?』

 持ってきたのはあたしと一緒に鑑賞したアニメのキャラクターのコスチューム。
 王子が特に反応してた女の子。

 『100番ね』
 『これ…高いヤツだね』
 『質感は大事かなって』

 間違いないけど。

 『…ゃばぃ…腰砕けた。絶対もう射精《で》た。ネコ耳、強烈』

 あたしも、すごく興奮した。
 着けた尻尾が勃つかと思ったよ。


 そうこうしている内にまた数時間は消費して、気が付けば夜中を回ってて、

 『――――――…小説、更新読まなきゃ、…なのに…』


 予備のライフパックは現実では装着できず。
 そのままバッテリーエンプティで王子の腕の中でOFF。


 そして朝、出来なかった事の多さを指折り数えてちょっと残念に思ったりする。


 だから、

 「絶対に、来ないでね」

 淡々と念押ししたあたしに、

 「わかった」

 小さく息を吐いて頷いた王子は、

 「じゃあその代わり――――――」
 「却下。代わりの意味が不明です」
 「…愛がない」
 「…そんなことは、――――――ない」

 おずおずと視線を向けると、あたしを映した薄茶の目が、ふわりと笑った。

 「亜希の店に行く前に、買い物行きたいんだよね」
 「買い物?」
 「ん」
 「ふーん」

 何かを含むような王子のこの顔には、何を買うの、なんて聞かない方がいい。
 あたしにとっては、ろくでもない事を考えている可能性の方が高いから。


 「楽しみだな、雪と買い物」


 嬉しそうな王子を見ていたら、イロイロ考えてた事がどうでもよくなって、一緒のお出掛けが楽しみになっていたあたしも、結構やばい。








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