小説:秘密の花は夜香る


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秘密の花は夜香る
SECRET:06


 【会って…みたかった】


 それを、連れて行ってくれなかった父さんへの逆恨みで、要点をずらして押し殺していた。
 それが見当違いの話だと分かっているから、連絡を取る行動に躊躇が出た。


 【会いたかった…】


 行動出来なかった自分への怒りと、それを父さんのせいにしようとしている自分への呆れと、そのジレンマに気づいてくれない父さんへの恨み言と――――――。

 色んな感情が複雑に混ざって、


 もう、会えない――――――…、

 永遠に、


 【でも、父さんにはやっぱり言えない…】
 【サクヤ…】


 叶えられないと解っている願いを口にするには、オレは理性を学び過ぎた。


 【――――――良い子のサクヤ、健在ね。ほんと、不器用なんだから】


 握られた手を握り返せば、マリーが困った様子で小さく笑う。



 【…マリー、オレの事は…】
 【解ってる。モテ過ぎて大変そうで忙しそうだったって、お二人には伝えておくから】
 【頼む…】

 しばらく見つめ合って、どちらかともなく頷き合う。
 何となく、背中が軽くなったような気がした。


 【――――――ところでサクヤ、あなた、避妊とか病気の予防はしっかりしなさいよね】
 【…おい】

 あまりにも打って変わった話題に、思わず辺りを見回してしまう。


 【ちゃんと周りは見ているわよ。まあ、あなたはまだ14歳だし、しかもこの学校、性行為に至るのは校則違反なんでしょう? 退学なのよね? ならきっと、あなたなら最後までしないとは思うけど、女の子と関わるのなら、ちゃんと伝えておかなくちゃって思って。いいこと? 挿入しなくたって妊娠の確率はゼロじゃないし、病気なんて舐め合いっこで移る事もあるんだから】
 【…マリー、なんでそう赤裸々に語ってるの。しかも内容具体的過ぎだし】

 こういう話に、マリーは昔から疎かった。
 というより、年の離れたジェズには現実かもしれない話題として、徹底的に避けてきた感じ。


 【それは…】

 マリーの手が離れて、遠くなる。

 【ジェズから、講義を受けたの】
 【…は?】
 【学校での保健授業。外部からお招きしていた講師の方が急病で来れなくなって、その方の後輩だったらしいジェズが、ピンチヒッターで颯爽と登壇したのよ】

 …最悪だ。


 【最後に質疑応答があって、そういう下世話な話にもオブラートに包んできちんと答えてくれたわ。私生活をほんのり香らせた感じで】

 そして悲惨…。

 【すべての予定を終えた後、見回した生徒の中に私を見つけた時のジェズの顔ったら、――――――なかったわぁ…】

 遠い目をするマリーに、同情を禁じ得ない。
 それでも、さっきのジェズ賞賛のセリフを聞く限り、マリーが諦めるなんて未来はなさそうだけど。


 【なんていうか…マリーも頑張って】
 【もちろんよ。まだ誰のモノでもないんだもの。私だって、もう立派なレディよ。大人の女の魅力満載でガンガン攻めていくわ。――――――来年くらい、から…】

 どうやらマリーは、まだ自分に合格点を出せてはいないらしい。
 ジェズに釣り合うとされるそんな点数の採点を一体誰が担当しているのか、要はマリー自身の問題だ。
 こればかりは、他人がどうこう言っても本人が乗り越えない限りは動けないだろう。

 【マリー、久しぶりに会えて良かったよ。元気出た】
 【私も。気分転換になったわ。――――――良い街ね】
 【だろ?】

 滞在時間四十分。
 私にも学校があるのだと告げて、マリーはさっさと帰って行った。



 サネハルが初めて講義の時間をすっぽかした日から、一度も繋がっていないオンライン。
 コミュニケーションツールはいつもアクティブで、OSさえ起動していれば、いつだって接続が可能だった。

 時間を守るという前提で、サネハルは誰にでもアクセスルートを開いていた。

 今は、カメラはずっと、オフのまま。


 「あ」
 『――――――え?』


 カメラの向こうから、驚いた様子で画面に映っているオレを見つめてきたのは、凄く優しそうな日本人の女の人で、


 『あ――――――』

 突然アクティブになったPCに戸惑いを見せたのは一瞬、

 『あの、こんにちは。初めまして。私は、西脇の妻です。オンラインの生徒さん…ですよね?』

 ゆっくりとした口調で話してくれる。
 さすが、サネハルの、奥さん…だ。

 「…はい」

 物凄く、胸が熱くなった。

 『ごめんなさい。契約している生徒さん全員にメールを出したつもりだったのですが、実は――――――』
 「あ、いえ」

 彼女が何を言おうとしているのか分かって、オレは慌ててそれを止めた。
 サネハルサイドからのイメージだけど、二人はとても愛し合っているように聞こえていた。

 そんなパートナーが死んでしまったのだと、誰かに説明する度に、きっと泣いてきた気がする。

 「知っています。先生に、何があったのか」
 『…そう、ですか』

 ホッとしたような、そんな笑み。

 この人が、サネハルが染めた、愛の結末――――――。
 サネハルが、大切にしていた人。

 どんな想いで、サネハルはこの世を離れただろう。

 きっと、もっと、家族を愛する時間を、願っていた筈だ。


 サネハル――――――…。


 「とても、素晴らしい、方でした」

 これで、オレも、区切りをつけたい。
 この奇跡的な時間は、サネハルがオレにくれた、別れの時間だ。


 「ご冥福を、心より、お祈りいたします」


 サネハル。
 サネハル――――――。



 『ありがとうございます。夫はもう教える事は出来ませんが、これからも、日本語を好きでいてくださいね。あの人が、世界で一番愛していた言語だから――――――』


 涙を浮かべながらも、サネハルを誇ったその笑顔は息を呑むほど美しくて、胸に突き刺さる。
 父さんや母さんとはまた違う、穏やかで、それでいて確かな強固さを感じられる関係性。

 最後の最後に、サネハルはまた一つ、オレに教えてくれた。
 死してなお、こうして結びつきを思わせるほどに誰かを染める愛し方の事。


 「――――――忘れないよ、サネハル」


 決意と共に一礼した後、オレは決別のように、ツールを終了させた。











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