寮を出て、雑木を避けるようにしながら裏手へと進むと、針葉樹が向こうに聳える森の入り口に出会う。 ―――――― 緑と青と、そして寮舎の茶色が混ざり合った背景をバックに、 「 ここは、オレが初めて 「んな、なぁ」 ネロが足の間を何度もすり抜けて強請っているのに、手を伸ばして抱き上げる事もせず、黙って見下ろしている姿は普通じゃない。 いつだって、何よりも、 「…」 まるで、決別をしているみたいだ。 胸の奥がざわつく。 ――――――違う。 "みたい"じゃない。 それが現実だ。 パッキングを見たし、何より、オレの目に映る 「―――――― 俯いた けれどそこから、はらりと何かが一滴落ちたように気がした。 【… それでも、大きく息を吸い、強い単語を使ってそのセリフを刻んだ後、ゆっくりと顔を上げた時には、もう僅かに涙の跡が目の縁に窺えるだけで、 【明日、迎えが来て、ここ、出てく】 ――――――明日? 【…急だな】 ため息のように返したオレに、 【一週間くらい前かな、言われたの。一方的だったし、為す術無しで、後見人とか、ほんと、参る…】 社交界の慣例として、ロランディ公認でオレを育てる為に時間を割いてくれているルビさんとは、まったく立場が異なる後見人。 【…叔父さん、だったよな?】 【うん】 父さんに相談すれば、どうにか出来る問題かもしれない。 ふと過った考えに、自分の思考の堕落を感じた気がした。 ルビさんと会った後は、どうしても 環境にあてられない。 そのコントロールもオレが身に着けるべき事。 重なる動揺を音にしないように深呼吸で呑み込んで、 【――――――ネロはどうするんだ?】 淡々と口にしてみれば、 何の相談もなく、後見人の意見を呑んだ 相手が悪意を持った他人ならオレから言い出す事もやぶさかではないが、従兄とは仲が良いと聞いている。 身内だからこそ、ロランディの剣には頼らなかった、これは、 そして今、その想いをオレが理解し、同意した事を理解し合えた。 【連れてはいけない。…寂しいけど】 【…そうか】 足元に首筋を寄せてくるネロを今にも泣きそうな顔で見つめている 【 【オレもだ。――――――元気でな】 引き寄せて、半ばハグのように背中を叩けば、 【―――――― 肩に乗ってきた 【――――――早く大人になりたい…】 その呟きがどんな想いで絞り出されたのか、解ったとしても、 【そうだな…】 そんな言葉でしか返せないオレも、どうしようもなく、まだ無力な監護下の子供だった。 ―――――― ―――― 授業に課題、資格試験にビジネス。 次から次へとこなしている内に、 株の動きをチェックしながら、来週が締め切りになっているレポートの仕上げに入る。 真夜中の静寂さに、キーボードを叩く音が大きく響いていた。 【――――――サクヤ?】 ベッドからの呼びかけに、振り向きもせず声だけで応える。 【悪い、うるさかったか】 【…ううん、目が覚めただけ。――――――あなたって、ほんと、ストイックに自分を甘やかさないのね。…いま何時?】 【二時、少し前】 【ん〜、そろそろ戻らないと】 【――――――そうだな】 そこで初めて、ブラウンの髪をシーツ上に引きずるようにして体を起こした彼女へと視線を移す。 オレに見られている事を厭いもせず、枕の傍にまとめて置いてあった衣服の中から、下着を指先で引き抜く彼女の仕草を、頬杖をついて眺めていた。 綺麗だなと、素直に思う。 美術館に並ぶ、透明感のある風景画に魅入った時と似た感覚。 強く感情を揺さぶられる事はないけれど、穏やかに、好きだと感じる。 【次はいつ来る? 次の試験が確か――――――】 【その事なんだけど】 彼女が、インターラップしてくるのは珍しい。 まずそれに驚いて、思考が止まっていたオレに、彼女は更に追い打ちをかけてくる。 【明日からはもう会えないわ。今日で、お別れをしにきたの】 |